ここのところ怪奇映画マニアの間で持ち切りなのがハマーの記念すべき吸血鬼映画の第1作目にしてドラキュラ映画の金字塔である『吸血鬼ドラキュラ』(1958)のレストア版。本国イギリスで先日発売されたBlu-ray+DVDの2枚組に、幻とまで言われ続けた日本公開版のフィルムが収められておるわけです。
▼Read More一応、知らない人のためにも説明しておくと、『吸血鬼ドラキュラ』にはいくつかのバージョンが存在する。当時ホラー映画に対する検閲の厳しかったイギリスやアメリカでは、残酷描写がカットされたものが公開された一方で、それほど検閲が厳しくなかった日本では残酷描写が含まれたものを公開。
具体的には、寝室でミナに噛みつくドラキュラのシーンの一部と、そしてラストでドラキュラが日光を浴びて崩壊するシーンに差異があったらしい。この日本公開版のみに含まれていたシーンのことを、菊池秀行氏や石田一氏がトークショーや執筆書籍で必ずと言ってもいいくらいに言及するものだから、そりゃあ、後追いの俺としては見たくて見たくてしょうがない(笑)
この幻のフィルムは、日本の東京国立近代美術館フィルムセンターが保有していたのだけど、それが1984年の火災で焼失。だから、今現在日本国内で流通している『吸血鬼ドラキュラ』は、米国版のフィルムが元になってる。
がっ!
何とフィルムセンターに保管されていた『吸血鬼ドラキュラ』は焼失したのではなくて、消火の際の放水で失われていたことが判明。しかも、フィルム9巻のうち、6~9巻は熱で変形し傷んだ状態であったものの、存在していることが確認されたっ!その後、2011年にハマー・フィルムがフィルムセンターと交渉したことで、遂に幻とまで言われ続けてきた日本公開版がメディアに収められ手にする日が来たのであるっ!
と、ここまで随分と長い前置き(笑)
さあ。そんなわけでイギリスから取り寄せ早速見た。発見された日本公開版フィルムは6巻からしか現存していなかったため途中からしかない。しかもオリジナルは火災の影響でかなり傷んだ状態。それを丁寧にレストアして、既存の英国版と繋ぎ合わせたのが今回のディスク本編。
もう、日本公開版のフィルムが消失した部分の時からわくわくが止まらない。実は人知れずカッシングの瞬きの回数がちょっと多いんじゃないか、とか、目を皿のようにして食い入るように見る。そして遂に話はクライマックスへ突入し、問題のシーンへ!
でたっ!伝説とまで言われたリーの顔面崩壊シーンは本当にあった!リー自身の顔にラテックスでマスクを施しそれを掻き毟るようにするシーン!時間にしてほんの数秒。知らない人が見たら特に何の感慨も抱かないかもしれない。でもっ!でもっ!俺はこれが見たかったんだっ!
現代のショッキングなホラー映画を知ってしまっている我々からすれば、何故この程度の演出がカットされなくてはならなかったのかと首を捻ってしまうレベル。けど、それが当時のイギリス映画の検閲の厳しさ。
この幻のシーンに感動に打ち震えたけど、実はそれを上回る衝撃を受けたのがもう一つの日本公開版のみに存在したミナに対してドラキュラが迫るシーン。米国版ではリーがメリッサ・ストリブリンに顔を近づけるだけだったのが、まるで官能映画であるかのように互いの顔を舐め回すように交錯させる。このシーンの官能的なこと!
このシーンだけで、もう何度も観返してきた『吸血鬼ドラキュラ』の印象が一変するほどの衝撃だった。そうか、だからメリッサ・ストリブリンだったか、とも納得。彼女は本人のインタビューでは当時19歳、IMDBを信じるなら31歳。まあ、初見の時から「なんじゃこの年増は妙に色気づいた目つきをしおって」なんて思ってたけど、それはこのシーンに繋ぐための布石だったんじゃないかと妙に納得した。
今更、吸血鬼の牙は男根の象徴であり・・・とか、抑圧的なビクトリア朝における官能的な支配と被支配の関係性が・・・なんて小難しいことを並べ立てるつもりもないけど、テレンス・フィッシャーは明らかにそういった理屈を理解した上でドラキュラを官能的な存在として描こうとしていたのは間違いない。それまで、『吸血鬼ドラキュラ』は一級のアクション映画でもある、なんて思ってたけど、実はホラーを題材とした官能映画としての側面の方を強く持ち合わせているんじゃないか、なんて、ここのとこつらつらと考えてたり。
いやー、しかし衝撃的なレストア版!勿論日本語字幕はついてないけど、これはハマー・ファンならずとも手元に置いておくべき価値のある商品ですっ!あ、そうそう。この『吸血鬼ドラキュラ』は勿論輸入盤なので、リージョンコードはBlu-rayが日本と異なるB、DVDは日本と同じ2だけど、どちらも日本のNTSC方式とは異なるPAL方式なので念のため。リージョンフリー等の対応したデッキでないと再生できませんよん。